最近、パチンコ台のデモ画面を眺めていると、こんな言葉が表示されているのを目にしませんか?
「パチンコは適度に遊ぶものです」
これを見た時、私は思わず「はぁ?」と言ってしまいました。
今回は、この「適度」という言葉について、おじさんと一緒に真剣に考えてみましょう。
「適度」って、いったいどのくらい?
おそらくこの言葉は、私たちパチンコを愛する者ではなく、社会一般に向けて発信されているものでしょう。
世間的に見て「適度」とは、月に5万円程度だと考えられます。
なぜなら、以前に総量規制が議論された際、月に5万円以上使う人が多く問題視されたからです。
月に5万円ということは、毎週1回パチンコに通ったとして、1回につき1万2,500円しか使えない計算になります。もし週2回通えば、1回あたり6,250円です。
私たちパチンコを打つ者にとって、この金額で満足できるでしょうか?
納得できる「適度」はどこにある?
私たちパチンコ好きにとっての「適度」とは、一体どこにあるのでしょうか。
「勝つまで帰らない」なんて言うと、それはもう「適度」ではありませんよね。
多くのパチンコ打ちが妥協できる「適度」は、**「せめて1回でも大当たりを引くこと」**ではないでしょうか。
確変に入らなくてもいい。出玉が少なくてもいい。ただ、当たりの瞬間を味わって帰りたい。
これが、私たちパチンコ好きの、最低限の「適度」ではないかと思います。
当たるまでにいくら使う?
では、その「最低限の適度」を満たすために、私たちは平均していくら投資しているのでしょうか?
今最も普及している大当たり確率1/320の台で考えてみましょう。
1,000円で20回回る台だとしても、大当たりを引くまでに平均して16,000円は必要になります。
つまり、世間が考える「適度(1万円前後)」と、パチンコ打ちが考える「最低限の適度」には、すでに大きなギャップがあるんです。
山頂を目指さない登山家
この「適度」という言葉をパチンコ台に表示させた人に、ぜひ聞いてみたいことがあります。
登山が趣味の人が、山頂を目指して山を登り始めたとしましょう。
途中で疲れたからと言って、山頂にたどり着く前に「今日はこれぐらいで適度に帰ろう」と引き返すでしょうか?
よほどのトラブルがない限り、そんなことはしませんよね。
なぜなら、山頂にたどり着くことが目的だからです。
大当たりを引かずに家に帰るパチンコ打ちは、山頂を目指さない登山家と同じ。そんな人は、ほとんどいないはずです。
最後に
「パチンコは適度に遊ぶもの」というメッセージは、理屈では理解できるものの、現状のスペックやレートと照らし合わせると、あまりにも矛盾しています。
もし本当に「適度に遊べる」ようにするなら、大当たり確率や出玉を根本的に見直さなければ、遊技人口を増やすのは難しいのではないでしょうか。
パチンコが好きな私としては、この現状が少し寂しく感じます。
あなたはどう思いますか?


コメント
警察や政府への対策してますアピールが目的のようです