【ボーダー理論】パチンコで回る台は勝てるはオカルト?【収束に遊ばれて】

パチンコをある程度打ったことのある人に「どうやったら勝てるの?」と聞くと、大体こういった答えが返ってくる。

「回る台を打ったら、勝てるよ」と。

さて、それは本当なのか?

理論的に検証してみようと思う。

回る台とはどんな台?

回る台と言えば、お馴染みの「ボーダー理論」を連想するだろう。

ボーダーとは1,000円=250玉を打ち出した際に平均いくら回れば、±0になるという目安である。

なので、パチンコをそれなりにやってきた人は、ボーダーよりも多く回る台を打つことを目指していることだろう。

このボーダー理論は簡単な算数で理解できる。

ここで、時短も確変もない1/100で当たる台があったとする。大事なのは、1回の大当りで何発獲得できるかだ。ここでは1,250発獲得できるとしよう。

すると、この台のボーダーは1,250発打ち込んで100回回れば良いので、250発で20回回れば良い。なので、この台のボーダーは20回ということになる。

1,250発の玉を打ち出して、1,250発の玉を得るのだから、当然の結果である。

これと同じ理屈で他の台のボーダーも計算されている。

他の台の難しいところは正確な獲得出玉の計算で、確変やら時短やらを含めた初当り1回のものである。

少々計算が複雑になるが、そこさえ計算できてしまえば、後は理論上獲得できる出玉以下の打ち出しで確率分母を回すことができるかどうかだけの計算である。

これらの面倒な前置きを差し置いて、少しパチンコを人よりも打ったことがある人は「回る台を打てば、勝てる」と言うのである。

つまり、打つのなら、ボーダー以上の台を打った方が良いと言っているのである。

抜け落ちた前提

ある日ラジオを聞いていたら、こんなことを言っていた。

「同じ内容を英語と日本語で伝えようとした場合、日本語の方が圧倒的に少ない言葉で伝えられる。なので、日本語の方が合理的だ。」

と。

いやいや、ちょっと待てよ。それは本当に合理的なのか?

合理的とは伝えるべき内容を最小限の字数で伝えることだと思うが、日本語の場合は伝えるべきことを全て言わず、曖昧にして、相手に察して貰うことで成り立っているのではなかろうかと思ったのだ。

その結果、英語よりも少ない言葉で伝えられるとしたに違いない。

今回の事もそういった類いの話だろう。

では、何が抜け落ちているのか?

それは、大当り抽選と獲得出玉の問題だ。

パチンコの大当り確率は一様ではないが、多くの台が理論上の大当り確率で当りが引けるまでにかなりの抽選回数が必要になってくる。

連チャンも含めると、理論値通りの出玉が得られるまでには、さらに抽選回数を重ねるしかないことは言うまでもないだろう。

何が言いたいかというと、

パチンコで確率通りの大当り回数、獲得出玉を1人の人間が実現しようとすると、途方もない遊戯時間が必要になるということだ。

当然だが、上で書いたボーダーは、あくまで確率通りに全ての事が進んだ場合のボーダーである。

なので、本来

「パチンコでどうやったら勝てるの?」

と聞かれた場合、

「運良く、確率以上の大当りを引いて差玉がプラスになった時にやめる。この時、運が悪ければ負けるけどね。」

と言うか、

「必ず勝ちたいのなら、ボーダーよりも回る台を理論上の確率になるまで、打ち続けるしかないね。この場合は、何日必要か明確な事は言えないけどね。」

と言うべきである。

またそれ故、まとまった金額を得ようとするとかなりの日数が必要となり、しかも必ず得られる訳ではない。

収束に遊ばれて

パチンコを打っていて必ずと言って良いほど出てくる言葉が「収束」である。

確率の収束とは、無限に抽選を重ねた場合、本来の抽選確率に落ち着くというものである。

現実的に達成し得ない前提、無限の抽選が必要となるので、概念である。

この、絶対に達成することができない事実を前提にしているボーダー理論は通用しないのか?というと、そんなことはないのだが、誤差が出てくる。

そのことは後で書くとして、収束に遊ばれる心理について触れてみよう。

ここに、はまり台があったとしよう。そうすると、その後早い当りを期待して打ってしまう人が少なからずいる。

また、長く打ち続ける内にそれが戦略として成り立たないことを悟り、はまっていない台しか打たない人もいる。

結局はどちらも収束に遊ばれているのだ。

収束のイメージとして、過去の早い当りやはまりが抽選を重ねることによって気にならなくなると言った人がいる。

正にそれこそが理にかなったイメージである。

先ほどの1/100で当たる台を例にしてみよう。

1,000回転させて1回しか当たってない台がある。その後、100万回の抽選を受けて、1万回の当りを引けたとする。

すると、どうだろう?

1,000回転で1回しか当たらなかったことなんて、とるに足らないことであると言えるだろう。

つまり、早い当りやはまりが将来の抽選に影響を与えるのではなく、抽選回数を増やすことによって、1回の当りが与えるインパクトが薄まるのである。

決してはまった後にすぐ当たる可能性が高まるものではない。

統計値に頼るしかない

収束が現実世界で起こり得ない現象であったとしても、パチンコで継続的に勝つにはボーダー理論を用いるしかない。

なぜなら、打ち手の意思が反映される事柄が、違法行為を除いて、「打つ台を選択すること」と「打ち出す強さと打ち出しを止めること」、「遊戯する時間を決められること」だけだからだ。

パチンコで勝ち続けている人は大当りを誘発できる訳ではない。上記の行為を意識的に、勝つためだけに行っているのである。

勝ち続けるとは、毎日勝つ訳ではなく、ある期間を区切った場合、1,200時間の稼働を見た場合に、どこで区切っても勝っている人のことである。

なぜ1,200時間かと言うと、統計的に4ヶ月フル稼働した場合、1日10時間遊戯を120日続けた場合、収束はしないまでも大体その抽選確率に収まるからだ。

大体とは95%の範囲内、1/100の台なら、1/95~1/105程の確率に収まる。ただし、大きく逸脱する場合もある。

現実に100%などあり得ないので、こうならなかったとしても文句は言えないのだが。

これは確率や1回転の消化スピードなど、台によって異なるのだが、1,200時間の遊戯時間があれば、どの台でもそれに近い数値になる。

ここで、最悪の1/105で推移したとしても大きくボーダーを上回る台を打っていれば、勝利へと限りなく近づくのだ。

正攻法で立ち回る場合は、統計値を元にしたこのような戦略しかあり得ない。

人を雇って遊戯回数を増やすなどして、立ち回る人が出てくるのも当然と言えば当然である。

ただし、リスクがそれに見合っているかという話は別だが。

指南は野暮

以上を踏まえて、あまりパチンコを知らない人にこちらから打ち方を指摘するのは野暮であろう。

なぜなら、ほんのたまにしか打たない人がこの理屈を体感するまでに膨大な時間が必要だからである。

サラリーマンが土日全てをフル稼働したとしても1年以上を必要とするのだから。

「ボーダー以下の台を打っても報われないよ」と言うのもお節介だ。

それは、そんなことはないと感じてしまう要素があるからだ。

回る台と回らない台を比べる場合、投資額の違いを見ることになる。

2,000回転を大当り無しで回した場合、20個回る台と15個しか回らない台は2万円以上の投資額の差となり、この積み重ねが勝つか負けるかの分岐となるのだが、これは先ほども書いた通り、かなりの時間を必要とする。

その日だけで見れば、15個しか回らない台が3万発以上20個回る台よりも多くの出玉を得られる可能性もある訳で、短期的な勝負に関しては、自分で操作できない要素が大きく影響するのである。

これを見た人は

「回る台を打っても勝てないじゃないか」

と言うこともあり得る。

しかも、上記の通り、短期的に見た場合の必勝法はあり得ないのである。

なのに

「回る台を打てば勝てる」

と言うのは野暮以外の何物でもない

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