先日、会社でこんな話をしているのを耳にしました。
「自動化が進み、職を機械に奪われる人が出てきますね。」
話しているのは税理士事務所の職員と社長です。
今回の話は会計ソフトの進化が進み、経理の仕事が取って換わられるというものでした。
会計職の場合
正確に言えば、税理士事務所のサービスである経理代行の仕事が無くなる。もしくは、会社の経理業務に携わる人員が減るであろうというものです。
当然の理屈であるとは思います。
税理士事務所からすれば、今までその業務で貰っていた売上が無くなり、大変な損失となるでしょう。
会社からすれば、その人材を他の部署に配置替えするか、解雇して人的コストを減らすのでしょう。
ここでサラリーマンである私が気になるのはもちろん「解雇」です。
このような、サラリーマンからすればターミネーターのようなロボットの反乱よりも恐ろしい「自動化による解雇」の愚痴をつらつらと書いていきたいと思います。
ちなみにまだ解雇はされておりません!笑
とっかかりは経理業務の話でしたが、経理はサービス業なので、書くのに少し都合が悪いです。
ですので、サービス業ではなく、物を作ることを生業とする会社について話していきたいと思います。(生産力を個数で表せるので)
車の組み立て工場を想像してみましょう。
車の組み立て工場の例
大学生の時、ゼミで車の生産過程の見学に行きましたので、ある程度はイメージできます。
組み立て工場の仕組みは、スタート地点からゴール地点までコンベアで車の部品を運び、その道中でその部品に他の部品を取り付けるというものです。
いわゆる「ライン加工」ですね。
私が見学に行った際には真ん中に大きな電光掲示板があり、そこにその日に加工して出来上がった部品の数が表示されていました。
その日に仕上げる目標を決め、常に目に入る位置に生産個数を示すことによって、プレッシャーをかけているのでしょう。
途中で失敗やアクシデントがあるとブザーが鳴り、コンベアを止めて対処します。
鳴らしたくないですね!!笑
と、このような段取りでひとつの部品を作り上げていました。
私が見学したのは今から10年程前ですが、このひとつのラインで加工ポイントが20箇所程存在し、すでに3割くらいは機械が持ち場を担当していました。
では、この6人(20箇所×3割)の作業員はどこへ行ったのでしょう?
た、ぶ、ん、「解雇」されたんでしょうね。(ガクブル)
ここで、鼻息荒く、目をギラギラ輝かせた人がこう言うかもしれません。
「オートメーション化とは、単純な作業を機械に任せ、クリエイティビィティな仕事により多くの人を集中させることが目的ですよ!!ですので、6名の方はそういった業務に就いていらっしゃることでしょう!!」
と。
これは、ある大学教授が言っていた言葉です。
改めて見ると素晴らしい言葉ですね。実現することを切に願います。
で、す、が、
実際は違いますよね。「解雇」です。
世の中は本音と建前で溢れかえっています。(私がひねくれているだけかもしれませんが)
これは最もえげつのない建前のひとつだと思います。
では、問いましょう。
「なぜ、契約社員や日雇労働者が存在するのですか?」
それは、クリエイティビィティな仕事ができないと評価を下されている不運な方々を繁忙期と閑散期に比重を変えて、コストを抑えながら単純作業をさせるためですよね?
これらを建前的に言えば「若年層労働者のスムーズな転職システム」とかなんとかのたまうのかもしれません。(実際はおっさんばかりでしょうけど)
全てを本音で語る必要はありませんし、配慮も必要でしょう。
で、す、が、
これは「綺麗事」でしょう。
よし!自動化が進めばクリエイティビィティな職務に就けるぞ!なんて考えている人なんていないでしょう。
ただし、仕事の全てが単純作業ではないが、やむを得ず単純作業をしている優秀な方もいるでしょうから、そういった方には朗報なんでしょうね。
では、より具体化して自動化を考えてみましょう。
組み立て工場の具体例
これまでは、1時間あたり20人で100個の部品を組み立てていたとします。
そして、一部が機械に換わり、14人と6台で1時間掛けて100個の部品が作れるようになりました。
それを受けて考えられる帰結は色々あるでしょうが、3つ例に挙げます。
【ケース1】
14人でやる仕事を20人でやるようになった。
【ケース2】
14人がその工場に残り、6人は別の部署に移った。
【ケース3】
14人がその工場に残り、6人は解雇された。
ケース1について
これは仕事がかなり楽になりますね。機械を導入することで、1人あたりの仕事量が均等に軽減された状態です。
ですが、このケースが成り立つことは難しいでしょう。機械を導入するということは当然コストが掛かってきます。その機械に要した費用分給料を減らすことを受け入れられる人は少ないでしょう。
仮に機械を入れることによって1時間あたりの生産力が、年間に掛かる機械の費用分増えたとしても難しいでしょう。
それだけの消費需要があるとは限りませんし、そもそも機械を購入したのは会社(株主)ですから、作業が楽になるということを不必要な労働力の増加と捉えるのが関の山です。
ケース2について
これは幾分か可能性があるでしょう。他の部署で欠員が出て、ちょうど人手が欲しかったんだという場合です。
かなり楽観的な考え方だと思います。
ケース3について
私が最も可能性の高い結果だと考えているのがこれです。
機械を購入する際に考えることは、人的コストと機械のコストの比較でしょう。
機械本体の費用と稼働中の修理代や動力費用を足したものを機械の稼働年数(寿命)で割った金額が、工場作業員1人あたりの年収を下回る状況になれば、コスト的には従業員を解雇して機械を入れた方が得になります。
最後に
機械を入れて従業員を解雇するのは、「資本主義」からすると当たり前のことでしょう。
なぜなら、「機械」と「人」を同一のものと見ているからです。会社にとってのものさしは「金」です。
「人件費」という言葉は嫌いです。人はものではありません。
機械による人権侵害が臨界点に達した時、「資本主義」の価値が問われることと思います。
社員は家族!!そのような世の中が良いですね。ですが、この考え方も人を甘やかす悪魔の囁きでもあります。
何か良い社会システムが考案されることを望みます。人権を唱いながら、人権を侵害する。なんとも皮肉なものでしょう。
おっさんの戯言でした。