皆さん、こんにちは。おじさんです。
パチンコを打ち始めて20年になりますが、『花の慶次』というシリーズは、私にとって非常に特別な存在です。初めて打ったのは『花の慶次~雲のかなたに~』だったと記憶していますが、それ以来、常にパチンコ界の主役であり続けました。
しかし、最近の慶次シリーズは、少し元気がありません。
満を持して導入されたスマパチの『花の慶次〜傾奇一転』は、正直なところ、あまり稼働が上がらず、ホールの主役となることはできませんでした。なぜ、これほどまでに人気だった版権が、鳴かず飛ばずになってしまったのでしょうか?
「もう花の慶次はオワコンだ」と言う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。
なぜなら、少し前のP機の『花の慶次~蓮』などは、今でも高稼働を維持しているホールがあるからです。作品自体の魅力は、まだまだ健在なのです。
では、なぜ『花の慶次〜傾奇一転』は受け入れられなかったのか?私には、2つの大きな理由があると考えています。
理由1:絵の変更と奇抜な演出
これが最大の原因だと私は確信しています。
『花の慶次〜傾奇一転』は、従来の慶次シリーズとは全く異なる、非常にスタイリッシュなイラストと演出を採用しました。
これは、昔の平和のパチスロ『不二子』が、これまでのレトロな絵から、奇抜なタッチに変更された際に不評だった例と似ています。
正直なところ、あの絵はパチンコには合わない。
パチンコの醍醐味は、「これ当たるかな?」という期待感が高まる瞬間だと思うのですが、奇抜なイラストはそれが全く楽しめませんでした。違和感が先に立ち、演出に集中できないのです。
メーカーとしては、新しい花の慶次を生み出そうと意気込んで、大幅な変更を加えたのでしょう。しかし、過去作のファンが求めるのは、やはり昔ながらの慶次の世界観だったのだと思います。
理由2:受け入れられなかった筐体
2つ目の理由は、筐体です。
『花の慶次〜傾奇一転』の筐体は、おそらくビスティの『エヴァンゲリオン』シリーズなどを参考に、ユーザーが快適に遊技できることを目指したのでしょう。
しかし、個人的には全くしっくりきませんでした。
以前のP機の慶次シリーズで使われていた、中央に大きなボタンがある筐体の方が、よほど慶次らしい迫力があったように感じます。演出の邪魔をしない、シンプルで力強いあの筐体の方が、ファンにとっては親しみやすかったのではないでしょうか。
結論:スペックは最高、でも見た目が……
スペックだけを見れば、正直なところ『花の慶次〜傾奇一転』は、歴代の慶次シリーズの中でもトップクラスに優れていると私は思います。
しかし、それにもかかわらず不人気だったのは、絵(イラスト)と筐体の変更が最大の原因でしょう。
メーカーが迷走する時、一度方向性を間違えると修正が難しくなるのは、会社員として働く私にもよく分かります。ですが、花の慶次ファンの一人として、切に願うのは「もう一度、あの馴染みのある絵と、力強い筐体に戻してほしい」ということです。
作家さんの技術や絵のレベルが高いことは間違いありません。ただ、それがパチンコに合っているかといえば、私は違うと考えます。
今回の話が、皆さんの慶次に対する想いと少しでもリンクしていれば幸いです。


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