おっさんが語る、マンガ魔法少女まどか☆マギカの魅力【ネタバレ】

「おっさん」と「魔法少女」、横にならべると気持ち悪く感じる人もいると思うが、これが実に素晴らしくシンクロするのである。

それはマンガ「魔法少女まどか☆マギカ」のことである。

まどマギとの出会い

自分が初めてまどマギの存在を知ったのはパチスロを打っていた時のことである。

萌え台みたいな台は昔から多少は存在したが、ホールの看板機種となるような台は正直まどマギが初めてではないかと思う。

筐体はピンク、画面を覗いてみるとそこには可愛らしい服を着た中学生くらいの女の子が。。。

パチスロ終わったな、こんなのが好きな人を相手にするなんてと感じたのを覚えている。

しかし、稼働状況はとどまることを知らず、未だに主力として活躍しているのだ。

導入されてから数年見向きもしなかった自分だが、あっち系の豚(実は自分)だけではなく、打っている人が老若男女問わないということに疑問を感じ、恥ずかしながら「魔法少女まどか☆マギカ」に興味を持つのであった。

実際にストーリーの概略を読んで驚愕至極、少女が華麗に敵をやっつけるほのぼの系少女戦隊ではなく、大人向けのダークなものとなっていたのだ。

しかも、マンガは3巻完結の短編になっているということで、後れ馳せながら先日読んできたので魅力について触れようと思う。

マンガ、まどマギ

マンガの世界では非現実が描かれることが一般的だが、まどマギも同じである。「そんなことわかってるわ!豚」と言われたらそこまでだが、少し話を聞いてほしい。

マンガにもルールがあり、犯せない領域を設定することで、感情移入して楽しめるものだろう。

例えば、主人公が液体のマンガ。。誰も読まないだろう。マンガの主人公は人、もしくは人に近い何かであることが要求されている。

何が言いたいかというと、現実世界とは違う法則で存在する世界であっても、秩序は必要であるということだ。

その秩序が絶妙なバランスで成り立っていることが、マンガに魅力をもたらすひとつの要素になっていることは間違いない。

「魔法少女まどか☆マギカ」はその類のマンガのひとつである。

まどマギの世界では「魔法少女」、「魔女」、「キュウベエ」以外の人間は現実の世界と同じ法則で動いている。

まどマギの世界を簡単に整理すると

「世の中に魔女という、人間をたぶらかしたり直接危害を加える邪悪な存在がいる」

「普通の人間の少女がキュウベエにひとつだけ願いを叶えてもらう代わりに、魔女少女となり魔女を倒す存在となる」

という流れになっている。

まどマギは魔女少女に転生する5人の少女の物語である。

主人公の「まどか」、準主人公の「ほむら」、「さやか」、「マミ」、「杏子」の5人である。

しかし、世界を救うために魔女と立ち向かい、魔女を一掃するというだけのストーリーではない。

その魔女と戦う行為以外の部分が、むしろ物語の根幹を成している。

今からその根幹の部分を書くが、物語で最も重要であるが故にそこを押さえなければ感想は語れない。だが、強烈なネタバレとなってしまうので注意してほしい。

もちろん「魔法少女まどか☆マギカ」を思い切り楽しみたい方はマンガを読んだ方が良い。3巻だけなので、手軽に読むことができる。

ここからネタバレ

物語は回想が入り、時系列が前後する。時系列的に見て物語の始まりは、まどかがほむらに望みを託す場面である。

「ほむらちゃん、キュウベエに騙される前の私に会って、バカな私を助けてくれないかな?」

と。ワルプルギスの夜という強大な魔女と戦い、力尽きる間際の出来事である。

キュウベエと契約して魔女少女となると何かしらの能力を宿すのだが、ほむらは時間を操ることができ、過去へと戻ることができる。

ほむらはまどかを助けるため過去へと戻り、パラレルワールド(平行世界)を何度も飛び越え、遂にその呪縛から解き放たれる世界の物語が本編の始まりである。

キュウベエは見た目がウサギのような可愛らしい生き物だが、少女を契約によって魔法少女へと変身させる能力を持っている。

まどかはそのキュウベエに騙されたと言っていたが、キュウベエこそが諸悪の根源である。

キュウベエは地球人よりも高度な文明を持った地球外の知的生命体であり、その目的はエネルギーの確保である。

キュウベエの住む世界は慢性的なエネルギー不足であり、そのためエネルギーを生み出し蓄積することを目的としている。

そこで、キュウベエも理由を知らないそうだが、少女を魔法少女に変身させ、力尽きた際に莫大なエネルギーが放出されることを知り、少女をたぶらかしては魔法少女にすることをライフワークとしているのである。

しかも、魔女は力尽きた魔法少女の成れの果てであり、その魔女を倒すことを使命として認識させることも少女をたぶらかす助力となっている。自分たちが魔女になるとも知らずに。

ほむらは何回も時間を逆行しているので、キュウベエの企みを知っており、キュウベエとまどかの接触を阻害しようとしている。

しかし、どの世界でもそれが叶わず、まどかは魔法少女となってしまうのであった。

物語では「さやか」、「マミ」、「杏子」がキュウベエの企みと魔法少女になるリスクを顕在化させる役割となっており、強大な魔女「ワルプルギスの夜」を倒す際には「ほむら」と「まどか」2人だけが生き残って、ほむらを救うため結局まどかが魔法少女へ転生し、倒した後に力尽きるという帰結をほむらが幾度となく経験してきたこととなっている。

そのため、全てのパラレルワールドの軸がまどかに集中し、まどかはとてつもなく凄い魔力を秘めた魔法少女に転生する存在となる。

ほむらの行いによりまどかの魔力はどんどん増大し、宇宙の理さえも覆す可能性を持ち、魔法少女に転生する際のキュウベエとの契約で「この世界、他の世界の全ての魔女を生まれる前に消し去る」ことを願いとして物語は完結する。

まどかは全ての魔女を消し去る当事者となり、永遠に存在し続けるルールそのものとなる。全ての者からまどかの存在は消え失せるが、ほむらだけが事実を知る者として描かれている。

感想

まどマギは他者を思いやり、自分の望んだ結果にならなくとも尚、他者を思いやり続けられるかということの難しさを描いたマンガである。慈愛、自己犠牲のマンガとも言える。

大人向けと感じたのは、正義の存在である魔法少女が偽りの思いやりを抱いたり、望んだ結果にならないことに絶望を覚えたりという描写が繊細で、人間の闇の部分を如実に表現しているからである。

「純粋に他者を思いやる」ということは、自分への利益、不利益とは無関係に存在していなければならないと思うが、結局は意識的、無意識的に関わらず、自分の利益を計算し行動する人間がほとんどであることを示している。それが、正義の味方であったとしてもだ。

そこに人間の業というか、何と言うか、「人間なんてそんなもんだよな」という負の感情と「それを乗り越えられる」という正の感情が入り乱れるのである。

まどマギで真にその極致「究極の自己犠牲」にたどり着いたのはまどかであり、自分の利とは全く関係なく、他者のために決断をした者である。

しかし、自分がまどマギに魅力を感じたのは、むしろまどか以外の存在である。

なぜなら、自分にも負の心があると自覚しているからだ。

まどか以外の登場人物もまどかのような存在であろうともがき苦しむ。そこに哀愁を覚えるのである。

たとえ彼女達が闇へ落ちようとも、応援してしまいたくなる。そこが個人的にはまどマギの1番の魅力である。

パチンコまどか☆マギカ感想

まどマギがパチンコになった🎵ということで、さっそく実践をしてきた。

パチンコ「魔法少女まどか☆マギカ」初打ち感想

興味のある人は是非見てほしい。